静態論と動態論とは?【財務諸表論】

会計を学ぶ上で、必ず登場するのが静態論(せいたいろん)動態論(どうたいろん)という2つの基本的な考え方です。辞書で「静態」を引くと「ある時点において静止したものとしてとらえた状態」、「動態」は「動いている状態、変化のありさま」とあります。

この言葉の通り、会計の世界では会社の状況を二つの異なる視点から見ています。 一つは、ある一時点の財産状態をスナップショットのように切り取る「静態論」。もう一つは、一定期間の儲ける活動を動画のように捉える「動態論」です。

この記事では、それぞれの理論が持つ目的、財務諸表の作り方、そしてなぜ現代の会計が動態論を主流とするようになったのかを、具体例を交えながら詳しく解説します。

静態論:債権者のための「支払い能力」レポート

静態論は、会社の債権者(銀行などのお金を貸す側)を保護することを主な目的としています。債権者が最も知りたいのは、「貸したお金はきちんと返ってくるのか?」という点です。そのため、静態論では会社の支払い能力(債務弁済能力)を正確に示すことに重点を置きます。

静態論が重視するポイント

静態論では、貸借対照表(B/S)が最も重要な書類となり、これを「静的貸借対照表」と呼びます。ここには、会社の返済能力を示すための厳格なルールが適用されます。

資産として計上できるのは、「今すぐ売却したらいくらになるか」という財産価値のあるものに限定されます。例えば、土地や現金、売掛金などがこれにあたります。逆に、1年分の保険料を前払いしたとしても、その権利(繰延費用)は現金化できないため、静態論では資産とは見なされません。

負債として計上されるのも、法的に返済義務が確定した「確定債務」のみです。例えば、銀行からの借入金や買掛金です。将来支払う可能性が高いというだけの「退職給付引当金」などは、支払いが確定していないため負債には含まれません。

利益の計算は「財産法」という方法で行います。これは、期末時点の純資産と期首時点の純資産を比較し、その差額を利益と考えるシンプルな方法です。「期間利益 = 期末の純資産 – 期首の純資産

そして、この貸借対照表は「棚卸法(たなおろしほう)」という方法で作成されます。これは、期末にすべての資産と負債を実地調査(棚卸し)して、その時点での財産目録を作るという直接的なアプローチです。

ただし、この方法は期末の財産状態を確定させることには長けていますが、期間中の経営成績を示す損益計算書を作成できないというデメリットがあります。

動態論:投資家のための「稼ぐ力」レポート

動態論は、会社の投資家(株主など)を保護することを主な目的としています。投資家が最も知りたいのは、「この会社は継続的に利益を生み出し、配当をくれるのか?」という点です。そのため、動態論では会社の稼ぐ力(収益力)を示すことに重点を置きます。これが現代会計の主流な考え方です。

動態論が重視するポイント

動態論では、損益計算書(P/L)が最も重要な書類です。会社の一定期間における経営成績を明らかにすることを最優先します。

資産は「将来の収益に貢献するもの」と広く捉えられます。静態論では資産とされなかった前払保険料も、動態論では将来の費用を前払いしたものであり、将来の収益獲得に貢献するものとして「前払費用」という資産で計上します。

負債も同様に「将来の費用となるもの」と広く考えます。将来の退職金支払いに備える「退職給付引当金」は、その期の収益を生み出すために貢献した従業員への対価(費用)と捉え、負債として計上します。

このように、動態論における貸借対照表(動的貸借対照表)は、期間をまたぐ収益や費用を調整し、会計期間同士をつなぐ「連結帳簿」としての役割を担っているのです。

利益の計算は「損益法」で行います。これは、一定期間の活動成果である「収益」から、そのための努力である「費用」を差し引いて利益を計算する方法です。「期間利益 = 期間収益 – 期間費用」

貸借対照表の作成には「誘導法(ゆうどうほう)」が用いられます。日々の取引記録(会計帳簿)に基づいて損益計算書を作成し、その結果として貸借対照表を導き出す(誘導する)という、現在の複式簿記のプロセスそのものです。

ただし、帳簿記録のみに依存するため、実地棚卸を怠ると、帳簿上の在庫と実際の在庫に差異(盗難や破損など)が生じていても気づけず、正確な利益計算ができない可能性があるというデメリットも抱えています。

なぜ会計の主役は静態論から動態論へ移ったのか?

会計の考え方が静態論から動態論へと移った背景には、経済社会の大きな変化があります。

かつて、企業の資金調達は銀行からの借入が中心でした。そのため、銀行(債権者)に返済能力を示す静態論が重要視されていました。

しかし、20世紀に入り株式会社制度と証券市場が発達すると、企業は広く一般の投資家から資金を集めるようになります。すると、会計報告の主要な利用者が債権者から投資家へと変化しました。投資家は、会社の財産そのものよりも、「継続的に利益を上げる力(収益性)」に強い関心を持ちます。

この社会の変化に対応するため、会計の目的も「財産の報告」から「期間利益の報告」へと移り、動態論が主流となっていったのです。

まとめ:二つの理論の本質的な違い

静態論と動態論は、どちらが優れているというわけではなく、その目的と視点が根本的に異なります。

静態論は、債権者のために、ある一時点での支払い能力(財産)を正確に示すことを目的としています。一方、動態論は、投資家のために、一定期間でどれだけ稼ぐ力(儲け)があるかを示すことを目的としています。この目的の違いが、資産や負債の捉え方、そして利益の計算方法の違いとなって表れているのです。

【理解度チェック】

問1

静態論と動態論は、それぞれ「誰のために」「何を」報告することを重視した考え方ですか。その目的と重点項目をそれぞれ説明しなさい。

問2

「前払保険料」を例にとり、静態論と動態論で資産の捉え方がどのように異なるか説明しなさい。

問3

「退職給付引当金」を例にとり、静態論と動態論で負債の捉え方がどのように異なるか説明しなさい。

問4

利益計算における「財産法」と「損益法」について、それぞれが静態論と動態論のどちらに対応するかを述べ、その計算の考え方を説明しなさい。

【解答例】

問1

  • 静態論: 「債権者保護」を目的とし、企業の「債務弁済能力(支払い能力)」を示すための「財産計算」を重視する考え方。
  • 動態論: 「投資家保護」を目的とし、企業の「収益力(稼ぐ力)」を示すための「損益計算」を重視する考え方。

2

静態論では、前払保険料はすぐに現金化できる「財産価値」がないため、資産として認識されない。 一方、動態論では、前払保険料は「将来の収益に貢献するもの」として、前払費用という資産として認識される

3

静態論では、負債は法的に返済が確定した「確定債務」に限定されるため、将来の支払いが確定していない「退職給付引当金」は負債として認識されない。 一方、動態論では、負債を「将来の費用となるもの」と広く捉えるため、「退職給付引当金」もその期の活動に関連する費用として負債に計上される。

4

損益法: 動態論に対応する。一定期間の収益の合計から費用の合計を差し引いて、期間中の儲けを利益として計算する考え方。

財産法: 静態論に対応する。期末の純資産と期首の純資産を比較し、純資産がどれだけ増加したかを利益として計算する考え方。