税理士試験の簿記論・財務諸表論において、「研究開発費」は、その会計処理の結論(費用処理)だけでなく、なぜ資産計上できないのかという理論的背景が頻繁に問われる重要論点です。
本記事では、「研究開発費等に係る会計基準」およびその「設定に関する意見書」に基づき、試験で問われる定義、会計処理の原則、そして最も重要な「費用処理の根拠」を、論述対策として使える形で深く、かつ体系的に解説します。
基準設定の背景:なぜ統一ルールが必要だったのか
「研究開発費に係る会計基準」が設定される以前、会計実務には混乱が見られました。基準設定の背景を理解することは、理論全体の理解を深める上で不可欠です。
背景1:企業間の比較可能性の確保
かつては「試験研究費」や繰延資産としての「開発費」といった類似概念が混在し、その範囲も会計処理も企業によって異なっていました。資産計上と費用処理が併存していたため、投資家が企業の財務諸表を比較分析することが困難であり、この内外企業間の比較可能性の阻害が大きな問題点とされていました。
背景2:投資家への情報提供の重要性
企業活動における研究開発の重要性が増大する中で、その支出額や内容は、企業の経営方針や将来の収益予測に関する重要な投資情報として位置づけられています。そのため、投資家が適切な意思決定を行えるよう、信頼性のある統一された会計基準に基づいた情報提供が強く求められました。
背景3:国際的調和の観点
会計基準のグローバル化が進む中で、日本の会計基準を諸外国の基準と調和(コンバージェンス)させる必要がありました。主要国において研究開発費を発生時に費用処理する会計基準が主流であったことも、日本における基準設定を後押しする要因となりました。
会計処理の核心:「研究」と「開発」の定義
試験対策上、「研究」と「開発」の定義を正確に暗記しておくことは基本です。
- 研究:新しい知識の発見を目的とした、計画的な調査・探究。
- 開発:研究の成果やその他の知識を具体化し、新しい製品・サービス・生産方法を計画・設計すること。または、既存の製品等を著しく改良するための計画・設計。
【理論対策上の補足】 意見書では、より具体的な例として、製造現場で行われる活動であっても、それが明確なプロジェクトとして行われる「著しい改良」に該当する場合は開発に含まれるとしています。一方で、日常的な品質管理活動やクレーム処理のための活動は研究開発には含まれないと明示しています。
なぜ資産計上は認められないのか?
研究開発費は将来の収益源泉であるにもかかわらず、資産計上は認められず、発生時に全額費用として処理します。その理論的根拠は、会計の大原則に関わる以下の二点に集約され、論述問題での最重要ポイントとなります。
理由1:将来の収益獲得との対応関係の不確実性
会計上の「資産」とは、将来の経済的便益(収益)をもたらすことが合理的に期待できる資源です。
しかし、研究開発活動は、その支出が将来の収益獲得に結びつくかどうかが客観的に証明できない、という本質的な問題を抱えています。基準では「発生時には将来の収益を獲得できるか否か不明であり、また、研究開発計画が進行し、将来の収益の獲得期待が高まったとしても、依然としてその獲得が確実であるとはいえない」と厳格に指摘しています。
【具体例:製薬会社の場合】 ある製薬会社が、新薬開発に100億円を投じたとします。この支出が将来、何百億円もの収益を生む可能性もありますが、臨床試験で失敗すれば1円の収益にも繋がりません。この支出と収益の直接的な因果関係を、支出時点で見極めることは不可能です。この成果の不確実性が、資産計用の要件を満たさない最大の理由です。
理由2:客観性の確保と恣意性の排除
もし「将来の収益獲得が期待できる部分のみ資産計上を認める」というルールを採用した場合、何を資産とし、何を費用とするかの判断を企業(経営者)の主観に委ねることになります。
これでは、経営者が利益操作を目的として、本来費用とすべき支出を資産として計上する恣意的な会計処理を誘発する危険性があります。基準では「客観的に判断可能な要件を規定することは困難」であると指摘しており、恣意性を排除し、会計情報の信頼性と企業間の比較可能性を確保するために、一律に費用処理するという客観的なルールが採用されています。
具体的な会計処理(仕訳例)
理論の理解を補強するため、具体的な仕訳を確認します。
【設例】 A社は、新製品開発のために以下の支出を行った。
- 研究員の給与100万円を普通預金から支払った。
- 研究開発目的のみに使用する特許権を50万円で現金購入した。(他の用途への転用は不可能)
1. 給与支払時
| 勘定科目 | 借方 | 勘定科目 | 貸方 |
| 研究開発費 | 1,000,000円 | 普通預金 | 1,000,000円 |
解説:研究員の給与は、新製品開発という研究開発活動のために直接発生した人件費です。会計基準では、人件費、材料費、減価償却費など、研究開発のために費消されたすべての原価を「研究開発費」として処理することが定められています。したがって、費用の発生として借方に「研究開発費」を計上します。
2. 特許権購入時
| 勘定科目 | 借方 | 勘定科目 | 貸方 |
| 研究開発費 | 500,000円 | 現金 | 500,000円 |
解説: 特許権は本来、無形固定資産ですが、特定の研究開発目的のみに使用され、他の目的に使用できない場合は、その取得原価を取得時の研究開発費として費用処理します(会計基準注解 注1)。
財務諸表上の表示と注記
研究開発費は、損益計算書上、その性質に応じて「販売費及び一般管理費」または「当期製造費用」として表示されます。 さらに、投資家への情報提供の観点から、これらに含まれる研究開発費の総額を財務諸表に注記することが義務付けられています。
この注記情報は、企業の将来性分析において極めて重要です。例えば、売上高に対する研究開発費の比率(売上高研究開発費比率)は、その企業がどれだけ積極的に未来へ投資しているかを示す経営指標となります。
【税理士試験対策】暗記必須の重要ポイント
最後に、試験対策として最低限暗記すべき事項をまとめます。
- 研究開発費の会計処理
- 原則として、発生時に全額を費用として処理する。
- 費用処理の理論的根拠(2点)
- 将来の収益獲得との対応関係が不確実であること。
- 資産計上要件を客観的に定めることが困難であり、恣意性を排除して比較可能性を確保するため。
- 財務諸表上の表示
- 損益計算書の「販売費及び一般管理費」または「当期製造費用」に計上。
- 総額を注記する必要がある。
- 特殊な資産の取扱い
- 特定の研究開発目的のみに使用され、他に転用できない機械装置や特許権等の取得原価は、取得時の研究開発費として処理する。
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